審判ではなく仲裁者であれ

【審判ではなく仲裁者であれ】

ハーバード大学の学生を対象に、40年以上の追跡調査を行った結果、被験者の65歳時点での幸福度を左右する要因の一つが、『きょうだい関係』でした。

兄弟・姉妹の喧嘩というのは、避けられません。

同じ屋根の下で生活しているのですから、争いが起こるのは当然です。

その上で、きょうだい喧嘩を「どのように乗り越えていくか」というのが、冒頭に言った将来の幸福度に関わっているというのです。

前提として、人生における悩みというのは、いずれも「比べる相手」がいなければ成立しません。

もっと背が高ければ(誰と比べて?)、もっとお金があったら(誰と比べて?)、もっとイケメンだったら(誰と比べて?)。

アドラー心理学でも、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と言っています。

ですから、他人とどう関係を作るか、争いが起きた時にどう解決するかというのは、生きる上で重要なスキルなのです。

さて、兄弟・姉妹というのは、特に争い事が発生しやすい関係です。

だからこそ、これを上手く乗り越えることには価値があるのです。

では、きょうだい喧嘩が起きた時は、具体的にどうすればいいのでしょう。

まず必要なのは、「相手の気持ちを考えさせる」ことです。

兄と弟が喧嘩をしているとします。

兄に怒っている理由を聞いたら、「弟が嫌がらせをしてきた」と言います。

弟に、「あなたは嫌がらせをしたの?」と聞くと、「ちがう、一緒に遊びたかっただけ」「それなのに兄が意地悪をする」と言います。

兄に「あなたは意地悪をしようとしたの?」と聞くと、「ちがう、絵を描いているのに邪魔されたくなかったの」と言います。

このようなやりとりができれば、相手は嫌がらせをしたわけでも、意地悪をしたわけでもないことに気づけます。

繰り返していけば、相手の気持ちを考える力が育っていくでしょう。

他にもいくつか手法があるのですが、今日はあと一つだけご紹介しようと思います。

それは、「審判」ではなく、「仲裁者」になるということです。

審判のような立場だと、「事の始まりは兄が悪い」「叩いたのは弟に責任がある」などと、親側のルールで状況を片付けてしまうことになります。

これで子供が学ぶのは、「権力があれば事実を曲げられる」という歪んだ考えです。

親は仲裁者でなければなりません。

仲裁の役割は、「どちらが正しいか」「どうが解決すべきか」を判断するのではなく、冷静に自分たちで判断する手助けをする事です。

そのために、『子供たちを落ち着かせ、相手の言い分に耳を傾けさせる』のです。

手順としては、以下のようになります。

①話し合える環境を作る

②一人ずつ状況を説明させ、意見の食い違いをはっきりさせる

③互いの感情について話し合い、相手の言葉を繰り返させる

④子供たちが解決策を出し合えるように手助けする

親は何も決定しません。

事実を確認させ、自分たちで解決するためのサポートに回るのです。

これはきょうだい喧嘩に限らず、子供同士の喧嘩にもそのまま活用できます。

子供というのは、喧嘩を通して人間関係において最も重要な「相手の気持ちを考える」という力を育んでいきます。

喧嘩をされると親は辛いですが、権力で抑止するのではなく、仲裁者として子供の成長をサポートできるといいですね。

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