がまんとわがままは両方育てる

【がまんとわがままは両方育てる】
「がまんの心」を育てるというのは納得ですが、「わがままな心」を育てるとはどういうことでしょうか。
「がまんの心」が車でいうハンドルとブレーキなのに対し、「わがままな心」というのはエンジンとアクセルです。
例えば、「おもちゃが欲しい」「深夜番組を見たい」「異性にモテたい」という欲望全てになります。
こうした欲求こそが人を動かすエネルギーとなることは言うまでもありません。
叶えたい欲求があるから我慢ができるという関係こそ、アクセルとブレーキ、ハンドルをうまく使って目的地に辿り着くための健全な姿勢なのです。
我々親は、往々にして「わがままな心」自体を否定します。
日本には「欲を持たないことこそ素晴らしい」という文化的な考え方があり、そうした環境の中育てられた方も多いでしょう。
しかしながら、欲求そのものに問題があるのではありません。
それによって、身を滅ぼすことに問題があるのです。
食べたいものを好きなだけ食べていたら病気になります。
それはブレーキとハンドルの使い方が分からず、アクセル全開で運転したから事故を起こしたということです。
一方で欲自体を捨てるというのは、そもそも車に乗らないという選択です。
確かに、乗らなければ事故も起きません。
しかしそれでは、目的地へ辿り着くことはもちろん、ブレーキやハンドルの使い方が上手になることもありません。
「わがままな心」というエンジンがあるから、「がまんの心」というブレーキとハンドルの使い方を覚えることができるのです。
「お菓子が食べたい」に対し、「他の食べ物をバランスよく食べる」
「YouTubeが見たい」に対し、「宿題などのやるべきことをやる」
こうした関係です。
逆を考えれば、欲の少ない子というのは、「がまんの心」を育てるのが大変なのです。
その子はもともと我慢ができる子なのではなく、それに対する欲求が無いだけだからです。
そうしたエンジンの小さい子には、楽しいものや熱中できるものを見つける手助けをしてあげる必要があると思います。
このように、「がまんの心」と「わがままな心」は一緒に育てていくことが大切です。
我慢ができることだけが素晴らしいのではありません。
安全運転で、我儘を実現できることが素晴らしいのです。


