「あやまる」と「わびる」の違い

【「あやまる」と「わびる」の違い】
日本語には謝罪に関する動詞が二つあります。
「あやまる」と「わびる」です。
他にも陳謝、万謝、懇謝などがありますが、これは中国語からきた言葉(漢語)なので、厳密には日本語ではありません。
さて、私たちは「わびる」と「あやまる」をしばしば混同します。
「あやまる(謝る)」は「誤る」と同じで、自分の間違いを認めることです。
例えば私が、妻と喧嘩をしたとします。
その時、「俺が言いすぎたよ。ごめんね」と言ったら、「あやまった」ということです。
これに対して「わびる」は、間違いかどうかは関係ない場面でも使います。
例えば生徒が、レッスンの日程を間違えて体操教室に来てくれたとします。
この時、「〇〇くん、体操は明日だよ。せっかく来てくれたのにごめんね」と言います。
これが「わびた」ということです。
私は間違ったわけではありませんが、相手に対して気の毒なことをしたと感じたので頭を下げたのです。
「わびる」は「思いわびる」「待ちわびる」という言葉に使われることで分かるように、気持ちが安まらなくなることを言います。
なぜ気持ちが安まらないのかと言うと、自分が相手を困らせたり、悲しませたりしているのではないかと感じるからです。
つまり、「相手はどう思っているだろうか」と推し量るのが「わびる」です。
あやまる行為は、自分が間違っていたと言う事実を認めればいいので、「悪かった、ごめんなさい」と言えばあやまったことになります。
一方、わびる行為は、自分自身の反省も加え、相手への想像力が働いています。
最後にもう一つ、待ち合わせに遅れてしまった場合を考えてみましょう。
冬の寒い日に、相手を30分待たせてしまったとします。
「申し訳ありません。電車が遅れて、道もよくわからず、、、」
待たされた相手がこれで納得することはありません。
一般的にはこれを「言い訳」と称します。
それならば、「(私が)遅れてしまって、申し訳ありません」と素直に頭を下げた方が、感じが良いというものです。
なぜ感じが良いのかというと、自分の間違いを認め「あやまった」からです。
では、さらにこう言ってみるのはいかがでしょう。
「こんなところで30分も待たれて、寒い思いをしたでしょう」
「この後、次のご予定があるのではないでしょうか」
このように、相手の事情に想像力を働かせ、その気持ちを表現します。
これが、「わびる」を意識した行動になります。
謝罪をしたのに、相手が納得しない、という状況はなぜ起こるのでしょうか。
「心がこもってない」「反省の色が伺えない」と。
その原因は、相手の事情を想像し、どういう迷惑をかけたかを表現できていないからかもしれません。
「わびる」のは、簡単ではないのです。
自分と向き合うことで生まれるのが「あやまる」であり、相手を思うことで生まれるのが「わびる」です。
コミュニケーションというのは、奥が深いですね。


