日常の雑務を、心を鎮める行にする

【日常の雑務を、心を鎮める行にする】

食器洗い、トイレ掃除、洗濯、これらをするのが好きだという人は稀かもしれません。

大抵の人は、面倒に感じるのではないでしょうか。

ところが、私は案外好きなのです。

おそらく、その作業自体に没頭することができるからです。

例えば食器洗いをしているとき、

どの食器から洗うか、どの順番で重ねるか、スプーンやお箸をどの隙間に差し込むかという効率を考えたり、

食器の汚れが取れていく工程や、泡を洗い流した後のキュッという音に達成感を得たりしています。

さらに不思議なことが起こります。

何か嫌なことがあったとして、怒りや不安で心が乱れていても、食器洗いをしていると心が整っていくのです。

仏教では、修行や実践全般のことを「行(ぎょう)」と呼びますが、なんだかそれに近い気がします。

有名なもので言うと、「滝行」「坐禅」「読経」などがありますが、これらは結局「心を鎮める」ための行いです。

行に取り組む時に大切なのは、目的意識を持つことではありません。

つまり、「これによって豊かになろう」とか、「これをすることで答えがわかる」とか、

そのように考えながらやることでは無いということです。

なぜやるのか分からなくても、どんな効果が得られるか不確かでも、行いそのものに集中して「やってみる」ことが大切だと言います。

すると、結果として心が鎮まるのです。

このように聞くと、「言われてみれば、単純作業をすると嫌なことを忘れられる」という人がいるかもしれません。

「トイレ掃除はトイレを綺麗にしているわけでは無く、自分の心を綺麗にしている」とよく言われます。

これは綺麗事ではなく、本当にその通りです。

家事や雑務は、刺激的で楽しいものでは無いかもしれません。

しかし、その作業自体に没頭し、心を整えることができるとしたら、それはとても素晴らしいことではないでしょうか。

可能であれば、皆さんにも是非体感して欲しいと思います。

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