知識には2種類ある

【知識には2種類ある】
知識には、言葉で説明できるものと、そうでないものがあります。
認知心理学においては、それぞれ「宣言型知識」と「手続き型知識」と言います。
要は、「説明できる」か「実際にできる」かの違いです。
自転車の乗り方で例えてみましょう。
自転車は、「サドルに跨って、バランスをとりながら、ペダルを漕ぐことで、走行することができる」と説明できます。
「どうやって乗るの?」と聞かれた時の、答え方としての知識です。
一方、実際に乗るための知識に、言語は関係ありません。
サドルに跨った時の重心の位置、地面から足を離した時に体勢を保つ感覚、ペダルを漕ぐ時の筋肉の動き、カーブを曲がる時の速度に応じた適度な上体の傾斜。
これらはすべて、言葉では十分に説明できません。
これこそが『手続き型知識』です。
ところで、体操選手の間では、しばしば「天才」と呼ばれる存在が出現します。
それは、実績を残せたり、技が上手にできたりする選手を指すのではありません。
どちらかというと、感覚で体を動かすタイプの選手ことを、「天才(系)」と言うのです。
そして、天才のする説明は、理解が困難な場合がほとんどです。
その原因は、手続き型知識が独特であり、言語化が不可能だからです。
よって、「天才の言うことはよくわからん」という事態が起こります。
天才の話は置いておいて、体操における技術というのは、一人一人微妙に違います。
なぜなら、体型や筋肉の質が個人によって異なることで、感覚もまた異なるためです。
私は子供たちに体操を教える時、ずっと説明をしています。
「これは、こうやるんだよ」と、技のやり方を知識として言葉にしているということです。
しかし、こうした言葉は「参考」にこそなれ、絶対的なものではありません。
技のやり方は自分で知っていくしか方法はないのです。
常に信じるべきは自分の身体であり、向き合うべきは自分の感覚だということです。
何事においても、知識を得るというのは、言葉で説明できる状態がゴールではありません。
説明できない状態に至ることもまた、真に物事を知ったということになるのです。
面白いですね。


