苦しまずに生きることはできない

【苦しまずに生きることはできない】
「われわれの中には、快楽や快適さや安楽さを求め、苦しみや痛みやつらさなどをできるかぎり避けようとする欲望がある」
大阪府立大教授 森岡正博先生の言葉です。
このような身体の欲望が、私たちの文明をつき動かす原動力であり、世の中は『無痛化』するように進化していると言うのです。
例えば、暑さから逃れるために冷房が普及しました。
しかし、都会では室外機の熱風とアスファルトの相乗効果でヒートアイランドとなり、ますます冷房のない状態はありえなくなりました。
環境問題の深刻さは分かっていても、冷房の効きが悪ければ不満を抱きます。
確かに文明は、私たちが便利で楽に、快適に生きていけるように進化発展してきているわけです。
さらに、こうした無痛化は加速します。
再び、森岡先生の言葉を引用します。
「無痛文明において高度に発達するのは、『予防的無痛化』の仕組みである。
すなわち、いま存在する苦しみを消すだけでなく、これから私たちを襲うであろう苦しみをあらかじめ、用意周到に予測しておいて、その苦しみを将来生み出す原因となるであろうところのものを、いま、ここで予防的に次々と存在抹消していくのである」。
非常に穏やかな例を出すならば、順位をつけると傷つく子がいるので、そもそも競争を排除するということです。
こうした文明の発展が、子供の成長に大きく影響していることは、容易に想像がつきます。
このような疑問を抱いたことはないでしょうか。
「現代の子どもたちは、なんだか打たれ弱い気がする」と。
「打たれ弱い」という部分は、「根性がない」「我慢ができない」などと言い換えてもいいでしょう。
この答えは、まさに、先の話によって説明できます。
一つお伝えしておきたいこととして、私は、このような変化を悪いとは思っていません。
こうした変化は、当然の結果なのです。
なぜなら、人は苦しむものだからです。
私たちは苦しまなければ、生きていけません。
「苦しみを探している」と言っても過言ではありません。
例えば、日本でも食べ物が十分にない時代が確かにありました。
この時代に生きた人々は、空腹に苦しんだわけです。
こうした方々は、例えば「自分は足が速くない」ことで苦しみません。
しかし、あらゆる苦しみが解消され続ける現代では違います。
人は常に、今以上の快適性を望むのですから、悩みのレベルは上がり、欲求はさらに高度になります。
そして必ず、目の前の現象に苦しむのです。
苦しまなくていいことに、苦しみを見出すのです。
大人は子供を愛しているからこそ、予防的無痛化を試みます。
苦しくない、悲しくない、いつも笑顔でいられるように、さまざまな手を打ちます。
ところが、苦しい、悲しい、怖い、憎たらしい、腹がたつ、と感じる子供の感情は、身体から溢れてくる生理現象です。
その生理現象を無痛化されることに、子供たちはさまざまな抵抗を示します。
子供には生命の力が、豊かに宿っているからです。
きっと、豊かに生きるというのは、苦しむ覚悟を持つことなのです。
世の中がどんなに豊かになっても、子供はマイナス感情を抱きながら育ちます。
それを受け止められるかどうか、共に苦しめるかどうかが、問われているのかもしれません。


