生命のよろこび

【生命のよろこび】
とても興味深い話を聞きました。
私たちが生きていく中で感じる「よろこび」には、いくつか種類があるというのです。
本当のよろこびというのは、「つかの間のよろこび」とは違います。
自らの殻を破り捨て、生まれ変わる感覚、それこそが『生命のよろこび』なのだと。
そして、私たちが日々感じている「よろこび」は、その多くが「つかの間のよろこび」なのです。
想像しやすいように、少々大袈裟な例を出します。
これまで、衣類を川で洗っていた人が、全自動洗濯機を手に入れたとします。
すると、洗濯に要する時間が、半日から数十分に短縮します。
これによって手に入れた数時間を、自由に使うことができるわけですが、これこそが「つかの間の喜び」なのです。
人はこうした、より楽で、より快適で、より身体への負担が少ない、便利な生活を求めます。
しかし、どれだけ便利で快適な生活を手に入れても、私たちの欲望は本当の意味で満たされることはなく、虚無感や焦燥感が、ただ漠然と心にあるのです。
では一体、本当のよろこび、すなわち『生命のよろこび』とは何なのか。
それは、苦しみの先にあると言います。
私がどうしようもない苦しみに直面して、その中でもがいているとします。
すると、いままでの自己が内側から解体され、全く予期しなかった新しい自己へと変容してしまうことがあります。
この時、私に訪れる予期せぬよろこびが、『生命のよろこび』なのです。
あまり良い例ではありませんが、タバコが分かりやすいかもしれません。
タバコを吸うことはまさに、つかの間のよろこびを得る手段です。
ニコチンは脳内で快楽物質を分泌し、私たちに幸福を与えます。
それはやがてタバコへの依存、つまり吸わないことが苦痛という状態を作り上げます。
そうなってしまったら、タバコを手放すことは困難を伴います。
タバコなしでやっていけるだろうかという恐れを抱きながら、タバコに依存せず、精神の揺れと渇きと付き合っていくことのできる、新たな自己を見出していくしかありません。
こうして自己が崩壊し、新たな自己が再生してくる時、不意に何とも言えないよろこびが湧き上がってきます。
私自身も、タバコに依存した過去があります。
7年前に経験した苦しみは、言葉にできません。
若い頃、タバコに手を出したことに後悔し、自分の無知を憎み、絶望しました。
そして、あるのかどうかもわからない未来への希望を胸に、新しい自分に生まれ変わるという経験を通して、確かなよろこびを手に入れたのです。
タバコなんて、吸わなければよかったと言えばその通りです。
しかし、人は間違えます。
何か行動をするから、そこに苦しみが生まれます。
何もしなければ、何にも苦しみません。
そして苦しんだ時に、どう対処するかが重要です。
自分以外の何かを変えたり、得たりするよろこびは、その場しのぎです。
自分の内側に目を向け、予期しなかった変化が訪れた時、新しい自己への変容を感じた時、本当のよろこびを知ることができるのかもしれません。
苦しまずして本当のよろこびを得ることはできない。
それが真実かどうかは分かりません。
しかし、苦しみの先、自分と向き合った先に、よろこびはあると思います。


