無条件に愛するとはどういうことか

【無条件に愛するとはどういうことか】
「条件付きの愛」と「条件付きでない愛」については、これまでに様々な議論がされてきました。
たとえば、キリスト教においては、条件付きでない愛、すなわち無償の愛のことを「アガペー」と呼び、これを神の愛であるとしました。
アガペーは、「与える愛」であり、「存在そのものを肯定する愛」です。
相手が価値を証明したから愛するのではなく、「あなたが存在している」という事実そのものを受け入れる愛です。
これに対して、人間同士の愛である「エロス」は、相手に条件をつける愛となります。
これは「求める愛」「惹かれる愛」です。
美しい、優秀、役にたつ、心地よい、そうした”価値”に引き寄せられる愛です。
極端にいうのなら、「あなたが”望ましい状態”でいる限り、私はあなたを肯定する」という構造になります。
キリスト教では、「アガペー」に近づくことが人間の目標とされますが、それは宗教という概念を取り除いたとしても、多くの人が求めている心のあり方ではないでしょうか。
では、子どもへの無条件の愛とは何でしょう。
例えば、私たちは子供に対し、勤勉であれば誇らしく感じ、怠慢であれば恥ずかしいと感じるかもしれません。
こう感じるのはなぜか。
それは、「社会に出て困らないでほしい」「幸せになってほしい」と願うからです。
つまり私たちは、善意から子供に条件付きの態度を取るのです。
すると子供は、勤勉であれば親から愛され、怠慢であれば愛されないと捉えます。
しかし、こうした結果は、親が望んだものでは決してありません。
子供が勤勉であれ、怠慢であれ、親は我が子を心から愛しています。
ここで大切なのは、「勤勉であってほしい」「怠慢にならないでほしい」と願うことは、何も悪くないということです。
無条件の愛とは、何でも許し、何も期待しないことではありません。
重要なのは、「あなたは、成果を出していなくても、機嫌が良くなくても、未熟でも、私にとって関係を失わない存在だ」という安心感を、子供自身に与えることなのです。
子供が決して許されない行動を取ったとしても、存在価値は下がりません。
この前提を持つことが、無条件の愛を知る始まりなのかもしれません。


