指導力は指導者の人柄で決まる

【指導力は指導者の人柄で決まる】
私は教育者として、生徒の前に立つ存在です。
仕事をする時は、それなりの「心の状態」を作る必要があります。
機嫌がよく、雑念がなく、慈愛の心をもち、最高のパフォーマンスが発揮できる状態です。
これは、「何を教えるか」よりもはるかに重要なことです。
あらゆる指導は、「誰が教えるか」こそが重要なのです。
つまり、『指導者がどういう人間であるか』という一点です。
「どう教えるか」すら二の次。
教える力など、指導者であれば、持っていて当然です。
学校の先生をイメージしてください。
数学の先生は、おそらく全員数学ができます。
英語の先生は英語ができますし、国語の先生は国語ができます。
少なくとも、その場の生徒に教えるだけの力は全員が持っています。
そのための勉強を何年も続け、厳しい試験を乗り越えて教員となり、満を持して教壇に立っているのです。
ところで皆さんは、学生時代、好きな教科、嫌いな教科があったでしょうか。
私はありました。
中学校の頃を思い返すと、数学が嫌いで、社会は大好きでした。
ちなみに数学は得意で、社会は苦手です。
その理由は、数学の先生は無愛想で、社会の先生は愉快だったからです。
数学の授業の時、私はいつもこう思っていました。
「絶対に自分の方が上手く教えられる」と。
そんなことはあり得ないのに。
きっと私自身が、数学の先生の話に耳を傾けていなかったので、「この先生の説明はわかりにくい」と感じたのです。
一方、社会の先生はコミカルな方で、表情も豊かで、授業そのものにエネルギーを感じました。
内容は教科書に沿って進んでいるだけなのに、楽しくて、世界に引き込まれていく感覚でした。
テストの平均点が高い教科がどちらだったかは、言うまでもありませんね。
決して、この数学の先生を批判したいわけではありません。
私がここで学んだのは、『指導力というのは、指導者の人柄で決まる』ということです。
私たち指導者は、生徒と向き合う中で、自分自身と向き合わなければならないと感じます。


