知識と経験の差

【知識と経験の差】
AIは物知りです。
私とAI、どちらが豊富な智識を持っているかなど、答えるまでもありません。
試しに、「トマト」について知っていることを尋ねてみたら、想像通り、膨大な量の知識を提示してくれました。
では、トマトの味をよく知っているのはどちらでしょうか。
それは私に軍配が上がります。
なぜなら、AIは実際にトマトを食べたことがないからです。
もちろん、トマトの味を説明することはできます。
トマトの味は、甘味と酸味と旨味のバランスで決まり、トマトらしさの決めてとなるのは、数百種類にも及ぶ香気成分であり、甘酸っぱく、フルーツのようであり、青臭さもあるなどと、様々な表現をします。
しかしながら、「甘味」や「酸味」が実際どんな感じなのか、「青臭い」とは実際どんな臭いなのかを経験したことはありません。
「フルーツのよう」と言っても、AIはフルーツを食べたことはありません。
あくまでも誰かの経験を、文章(言語)に変換した情報を、知識として蓄えているのがAIなのです。
さて、私はAIに勝ちたいわけでも、AIを批判したわけでもありません。
私がここで言いたいのは、「知っている」という概念には大きく分けて二つの要素があるということです。
「知識がある」と「経験がある」の差です。
両者には天と地の差があります。
レベルの話ではなく、土俵が違うのです。
知識というのは、言葉のやり取りの世界です。
対して経験というのは、五感を活用して感じた世界です。
私たちは、そのどちらも活用することができます。
ならばできる限り、そのどちらも活用するべきだと思うのです。
子育てに関連づけて考えてみましょう。
子供に何かを伝える時、それは往々にして知識としての教育になりがちです。
「走ると危ないよ」「かけすぎるとしょっぱいよ」「これを先にやっておくと楽だよ」
このような先回りの教育は、確かに知識を増やしているかもしれませんが、その反面経験を減らしていることを忘れてはいけません。
子供に物事を経験させるのは、確かにとても勇気がいることです。
しかし、私たちは身体を持った人間です。
経験することを許された存在なのです。


