上達の楽しさ

【上達の楽しさ】
私はよく、「人は成長するのが当たり前である」ということを言います。
成長すべきだとも、成長しようとすべきだとも思います。
これこそが、人生における自己肯定感であり、困難に立ち向かう自信であり、挫折から立ち直るレジリエンスだからです。
そんな「成長」の中の一つの要素に、「上達」があります。
つまり、ある物事の知識が増え、技能が高まり、習熟されることです。
これは、私にとって、生きる喜びであり、楽しみです。
上達することの素晴らしさを知ってしまったら、それをせずにはいられません。
きっと皆さんの中も、私と同じ思いがあるのではないでしょうか。
例えば、車の運転。
これは、多くの人が実践を重ねて習熟している物事の一つです。
最初は戸惑いながら、集中力をすり減らしながら、ぎこちないハンドル捌きで運転していた車が、
いつからか雑談をしながらでも周囲の状況を正確に把握し、ほとんど無意識下において滑らかな走行が可能となります。
制御不能なエンジンを積んだ鉄の塊を、気がつけば自分の体の一部のようにコントロールしているではありませんか。
こうした現象の数々が、私はたまらなく嬉しいのです。
他の例で言えば、料理をよくする人であれば包丁さばき、パソコンで文章を作成する人であればキーボードのタイプ、物販をする人であれば梱包などが挙げられます。
続けるごとに無駄な動きが削ぎ落とされ、自分でもなぜこのような体の動きができるのか説明ができないほどに、動作が洗練されていきます。
初心者がそれを見た時、もはや人間技とは思えない領域まで、私たちを押し進めます。
大層なことを言っているように聞こえるかもしれませんが、子供から見た大人とは、そういうものです。
私たちは知らず知らずのうちに、物事を上達させています。
実感がないのは、上達というものが、自覚できないほどに少しずつ成されるからです。
ですから、ふと以前の自分を思い返した時、『上達している自分』に気づけるのです。
「上達することが楽しい」
こう思えた時、あらゆる物事が鮮やかに彩られます。


