ふざける子が求めているもの

【ふざける子が求めているもの】

真面目にしなければならない場面(授業やレッスンなど)で、とにかくおふざけをする子がいたとします。

幼児であれば、深い理由なくそうする場合も多いので、ここでは小学生以上ということにしましょう。

では、その子の望みは何でしょうか。

多くの大人は、そういう子を見た時、「ふざけたいという衝動を我慢できないのだ」と捉えるかもしれません。

あるいは、「ふざけてもいいと思っているからふざけるのだ」と。

これは正しいようですが、物事の表面部分にすぎません。

子供の望みは、「ふざけること」ではありません。

子供がはしゃいだり、おどけた態度を取っているのは、現象であり願望ではないということです。

つまり、「なぜふざけるのか」を考えなければなりません。

その真意は、『存在証明』と『承認欲求』です。

まず、子供は「ふざけてはいけないこと」を知っています。

さらに、「少しの間、ふざけないでいること」も難なくできます。

すなわち、「ふざけてはいけない場面で、自らの意思でふざけること」にこそ、意味があるのです。

ですから、「ふざけないで話を聞きなさい」「真面目にやりなさい」「やることが違うよ」と、どれだけ注意をしても、行動が改善することはありません。

むしろ、その注目はその子にとって望むところなのです。

彼らの中には、自分が集団の中に紛れること、目立たなくなることに強い不安と恐怖を感じている子がいます。

だからこそ、たわいのないことで騒ぎ立てて、「自分はここにいるよ!」と必死でアピールするのです。

そして彼らは、自分の行動が大人にとって不都合なことを知っています。

自分がふざけることによって、その場の大人が困ることをわかっているのです。

それは、私たちに対するこのようなメッセージです。

「こんな私でも、あなたにとって都合の悪い私でも、それでもあなたは私を認めてくれますか」

その感情を、私たちは受け止めなければなりません。

もしも、「お前の思い通りにはならないぞ」と無視をするようなことをすれば、その子は居場所を失ってしまうでしょう。

だからこそ、私がしなければならないのは、彼らの心の叫びを受け止めながら、存在を認め、悪いことは悪いと伝え続けることなのです。

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