心はどうやってバランスを取るのか

【心はどうやってバランスを取るのか】

暴走族というものを、皆さんはご存知だと思います。

では、国家が彼らを”完全には取り締まらない”ということをご存知でしょうか。

あれは、根絶しようと思えばできるのです。

でも、あえてそうしない。

それはなぜか。

冷淡な言い方をすれば、暴走族による社会秩序への反抗を、社会の内部に残しておいた方が、社会全体がより安定するからです。

もしも彼らの反抗の芽を完全に摘んでしまったら、鬱屈した若者のエネルギーはどんどん蓄積して、思わぬ大暴発に至る可能性があります。

柔らかく言うのなら、うまく若者たちを発散させてあげているのです。

では少し視点を変えましょう。

そもそも、彼らは何をしているのでしょうか。

「悪いことをしている」と言えばそれまでですが、そういう、表面的なことではありません。

彼らは、自分への自信の無さ、どうすることもできない無力感、挫折と後悔、そうした言葉にできない苦しみや、行き場のないストレスを抱えています。

だから、「俺たちは強いぞ」「怖いぞ」「危ないぞ」という態度を取るのです。

その本心は、「僕はここにいるよ」「見捨てないで」です。

本来、悪いことをするのなら、隠れてコソコソと、バレないようにするものです。

しかし彼らは違います。

あえて人目につく場所で、目立つ格好で、大きな音を出します。

彼らは、自分という存在を見て欲しいのです。

追いかけて欲しいのです。

私は、誰の心の中にも暴走族がいると思っています。

もちろん、暴走族のようなことをすると言うわけではありません。

行き場のない不安や恐怖、ストレスを発散するために、自分でもよくわからない、非合理的な行動をとってしまうことがあるということです。

大人になれば、これが上手にできるようになるかもしれませんが、子供は闇雲になります。

自分の行動が理解できず、言語化もできず、誰かに相談することもできません。

無論、それが顕著に現れるのが思春期です。

子供の心の中の暴走族が見えた時、みなさんはどうするでしょうか。

その一つの答えが、先に述べた対応です。

完全には取り締まらず、反抗の芽を摘まず、最後まで追いかけるのです。

彼らにとって、反抗は残された手段であり、追いかけられることは最後の砦です。

反抗の芽を完全に摘まれ、追いかけられることも無くなったら、子供の不満は、今度こそ行き場を失ってしまいます。

心はさまざまな方法で、自らバランスを取ろうとします。

よく分からない、非合理的な行動をとる時期が訪れるのであれば、それは心にとって必要な時期なのです。

心が発する最後のSOSを、大人が「問題行動」とだけ受け取るのか、「助けを求める声」と受け取るのか。

その違いが、子供の未来を大きく左右するのかもしれません。

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