教育の極み

【教育の極み】
私の尊敬する人が、以前話していたことです。
それは、「教える」ということの本質についてです。
その人の職業は講演家。
つまり、『アウトプットの達人』です。
人に何かを伝えようと思った時、その人の理解度に合わせて、より分かりやすく表現する力を持っています。
しかし、分かりやすくすればするほど、その相手にとっては学びにならないと言います。
その理由は、簡単に言うと、「自分で考えなくなる」からです。
確かに、その通りです。
何かを学ぼうと思った時、やり方や注意点、応用の仕方などを細かく、正確に、理解しやすく教えてくれる相手がいる。
それは、この上なく幸せなことのように思えますが、自分で工夫し、答えを探し求め、壁にぶつかり、もがき苦しみながら成長していく経験は減っていきます。
説明は、分かりやすいほど良いというわけではありません。
分かりにくいほど、相手は自分で考えようとするかもしれません。
教育というのは、何でも教えてあげたらダメなのです。
教える相手に、「あの人に聞いたら、何でもわかりやすく教えてもらえる」と思われたらダメなのです。
ときに指導者は、「聞けば何でも教えてもらえると思うな。自分の頭で考えろ」と言わなければなりません。
その一方で、「全部自分で考えろ」と言ってはいけません。
それはそれで、指導者失格なのです。
だから、教育は難しいのです。
教えなければならない。
伝えていかなければならない。
しかし、教え過ぎてはいけない。
伝えすぎてはいけない。
分かりやすければ良いわけではない。
伝える相手に応じて、この絶妙なラインをいくこと。
もはや、神技の領域です。
それこそが、私の目指すべき教育の極みです。


