経験が思考をつくる

【経験が思考をつくる】
私たちが持っている「意思」。
これは自由なようで、実際には染みついたパターンというものが存在します。
スーパーでレジに並んでいるところを想像してください。
自分の前にいた客が、レジの店員と雑談をしています。
お会計は済んでいる状況で、ちょっとした世間話。
皆さんはどう感じるでしょうか。
「待っているのだから、早くして欲しいな」という不満が湧き起こるかもしれません。
効率を重視し、お客様に迷惑をかけないことを大切にする、日本の文化的な思考だと言えます。
確かに、不満を感じても「温かい目で見守る」のか、「イライラしてクレームを言う」のか、行動は自由かもしれません。
しかし、不満の感情を抱いたのなら、それは自由な意思というより、脳の反射的な思考です。
そして、その反射的な思考というのは、効率を重視し、迷惑をかけてはいけないという文化的な経験の積み重ねによって、作り上げられたものなのです。
一方、カナダやオーストラリア、ニュージーランドなど、雑談はマナーと言っていいほど重要視する国もあります。
こうした国々では、「今日は暑いね」「気分はどう」と話しかけるのはもちろん、「週末は何をするの?」「子供は元気?」「昨日の試合見た?」といった雑談も当然のように行われていると聞きます。
もちろん、行列ができているのに長話はしませんが、並んでいる他の客も、「雑談なんかしてないで急いでくれよ」と不満を持つことはありません。
それは、「雑談をするのが当たり前」という文化の中で、そうした経験をしてきたから、そこに不満を感じない脳の思考パターンがあるのです。
このように、思考パターンというのは、経験によって作られます。
そして、よい思考パターンはよい経験によって作られるのです。
レジの例は、説明のために用いただけなので、どちかが良い悪いと言う話ではありません。
例えば、よい思考パターンというのは、何事にも「ありがたい」と感じる心があることです。
「ご飯が食べられる幸せ」「歩ける幸せ」「家族がいる幸せ」
こうした有り難みを感じるための「よい経験」とは、次のようなものです。
辛い状況を乗り越える経験や、当たり前にあったものを失う経験。
そこから立ち直るために、多くの人から支えられ、励まされる経験。
また、今日一日を振り返る経験や、人を助け、人から感謝される経験です。
どんな人間になるかというのは、どんな経験をするかによって決まります。
子供たちには、よい経験をさせてあげたいものです。


