我慢の心は年相応

【我慢の心は年相応】

「我慢しなさい、お兄ちゃん(お姉ちゃん)でしょ」

この言葉を聞いた時、皆さんは何を感じるでしょう。

年上なのだから我慢を強いられ、年下が優遇されるというのは、適切な措置なのでしょうか。

それとも、不当な扱いなのでしょうか。

「いかなる状況においても、兄弟は平等であるべき」と考える方もいるでしょうし、「むしろ、年上を優遇すべき」という考えもあります。

私はこれについて、明確な意見を持っています。

もちろん、押し付けるつもりはございませんので、参考になれば幸いです。

私の考えでは、どちらかが譲らなければならない状況があれば、上の子が我慢をすべきです。

理由は、「我慢の心は年相応」だからです。

子供より、大人が我慢強いというのは当たり前です。

同じように、小学校1年生より、中学校3年生の方が我慢強いのは納得。

であれば、年子であっても、お兄ちゃん(お姉ちゃん)の方が我慢の心は育っている。

これが、私の中にある根本的な軸です。

その上で、状況や前提によって対応は考えなければなりません。

例えば、兄の所有物を弟が欲しがる場合、それを貸すかどうかは兄に権利があります。

これを、「お兄ちゃんでしょ、貸してあげて」というのは理不尽かもしれません。

さて、ここで懸念されるのは、「年上ばかりが我慢させられたらストレスが溜まり、何らかの形で爆発してしまうのではないか」ということだと思います。

これは、「我慢は損」という考え方があるからです。

我慢させられた→また損をした→弟ばかりが得をした

という印象を持っていたのなら、ストレスが溜まり、いつの日か感情が爆発してしまいます。

ですから、「我慢は得」だと思わせる工夫が必要です。

我慢ができるということは、その分自立し、大人に近づくということです。

つまり、自分の感情をコントロールする責任によって、その対価として自由を手にするのです。

そこで、我慢ができた子には、相応の自由を与える対応をします。

例えば、「あなたはさっき、自分の気持ちを我慢して弟に譲ってあげていたから、今日は何時までゲームをするのか自分で決めなさい」というように。

反対に、我慢ができないということは、自由を与えられないという軸も持っておくべきです。

こうすれば、「我慢は得」という状況が徐々に出来上がります。

「年上なんだから我慢しなさい」

この言葉だけで納得する子はいません。

子供は、精神的に幼いままでいた方が得だと考えるでしょう。

ですから、しっかり説明する必要があります。

赤ちゃんは、この世で一番わがままです。

我慢ができないので、その分自由はありません。

赤ちゃんは、それで良いのです。

お兄さん、お姉さんになればなるほど、我慢の心を強くしていくほど、自由が手に入ります。

これを伝えていくことが、私の考える我慢の心の教育です。

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