子供の何を受け入れるのか

【子供の何を受け入れるのか】

「子供を受け入れる」

とても綺麗で優しい言葉です。

僕自身も我が子と接する上で、常に意識していることであります。

では、何でもかんでも受け入れて大丈夫なのでしょうか。

決してそんなことはありません。

受け入れるということは、「その行動は間違っていないよ」と伝えているのと同じです。

「子供を尊重しなければ」という思いが空回りして、本当は間違っていることを許すのは恐ろしいことです。

子供のどんな行動を許容し、拒否するかはそれぞれの家庭で判断することです。

その上で、子供の何を受け入れるのかについては、僕の中で一つの答えがあります。

それは、子供の内面を受け入れることです。

例えば、おもちゃで友達を叩いたとします。

これに対し、許せるか、許せないかの議論を始めると大変です。

ですから僕は内面と外面で分けて考えます。

友達を叩いたということは、内面の感情変化があったということです。

相手に馬鹿にされたことによる、自分の尊厳を守るためかもしれません。

おもちゃの取り合いから生じた、取られないための工夫かもしれません。

「やられたからやり返す」という復讐心かもしれません。

いずれにしろ、子供の内面的感情は如何なる理由であれ受け入れるに値すると思っています。

一方で、行動(外面)を受け入れるかどうかは状況や程度によります。

この時、外面だけに注目してしまうと問題が起きます。

受け入れるということは、子供からしてみたら、「おもちゃで友達を叩いていい」あるいは、「この程度なら許される」という解釈になります。

受け入れないということは、友達を叩いたことはもちろん、怒りの感情を抱いたことや、自ら問題を解決しようと行動したことも否定されてしまいます。

このように、受け入れても、受け入れなくても良からぬ未来に向かってしまうのです。

子供を受け入れるという姿勢は大切です。

しかし一方で、子供の多様性や自由、複雑化する教育哲学などに惑わされて、外面も含めた全てを受け入れてはなりません。

それでは、社会に出て困るのは子供自身なのです。

どんな物事であっても、内面で起きている子供の感情を受け入れるというスタンスを持つことが、「子供を受け入れる」ということなのだと思います。

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