グレートペアレント

【グレートペアレント】
今、日本において、忌み嫌われるものは何でしょうか。
それは目立つことです。
「普通じゃないこと」
「人と違うことをすること」
「浮くこと」
「輪を見出すこと」
これらの特性は、世間から強烈な圧力を受けます。
このような傾向は今に始まったことではありませんが、どんどん強まっていると実感しています。
きっとこれからも、この傾向が覆ることはないでしょう。
中央値を小学校4年生として、子どもは徐々に自分の意見を言わなくなります。
要は「この問題わかる人」と先生が聞いて、「はい!はい!」と次々に手が上がるのは、だいたい4年生ごろまでです。
高学年以降になると、冒頭に書いたような社会性の把握と自己認知が噛み合ってくることも理由の一つです。
目立ち過ぎればその集団に居れなくなるということを、現代の子供は過去に類を見ないほど厳格に教育されています。
大人が失言をするとSNSで炎上して、社会から追放されることを子供はよく知っています。
現代日本における言葉なき教育は、「目立てば叩かれる」であり、「挑戦は悪」であり、「失敗は人生の終わり」です。
どれだけ大人が、「挑戦しなさい」「失敗してもいいんだよ」と言っても、この社会全体の大きな流れには逆らえません。
実際にこのことは、学生や若者を対象にした様々なデータで表れています。
例えば、ここ数年で大学生が最も嫌う講義がどのようなものかを調査したデータによると、1位が「当てられる」でした。
「内容が難しい」「時間が延長する」「1限に開講される」などを抜いてです。
ちなみに最下位は「講師の言っている意味が分からない」との結果に。
若者からしたら、講義の内容が分かるかどうかなど、目立つことに比べたら何も問題ではないのです。
仕事においても、多くの若者は、「100%できる」と分かっているものしか挑戦できません。
あるいは、「失敗していいからやりなさい」と指示を出された時に、「失敗してもいいと上司が言った」という保険を準備しなければ行動しません。
ですから今、会社員にとってなりたくない役職第1位が「管理職」なのです。
このようなデータを見ると悲しい気持ちになりますが、同時にこれほど自信のない人間が育つ理由も、社会の現状を見ていたら納得です。
では、私たちはどうすればいいのでしょうか。
そもそも、この現状に問題意識を持っているのは私だけでしょうか。
少なくとも私は、息子たちには自分に自信を持ち、行動に責任を持って生きていってほしいと願っています。
だとすれば、その方法は子供の自由を尊重することに他なりません。
「これが正しい」と教えないことです。
「これは危ない」と教えないことです。
「これが善悪だ」と教えないことです。
怪我を負うのも、心が傷つくのも、子供自身に責任を持たせなければならないのです。
ちなみに、公教育現場でこれを実行するのはほぼ不可能です。
学校は「(世間一般的な)良いこと」を教える以外許されない場所であり、少しでも危険なことは徹底的に止めなければ問題になってしまうからです。
グレートティーチャーは炎上し追放されます。
ですから、本当の意味での子供の自由は、家庭にしかありません。
家庭でどれだけ子供を許し、承認し、尊重し、挑戦させられるかに子供の未来がかかっています。
子供を救えるのはグレートペアレントだけなのです。


