褒める教育の誤解

【褒める教育の誤解】

大雑把に言うと、子供を「褒めて」育てることは有効です。

その理由は、子供が喜びや幸せを実感するためです。

特に0〜2歳の子供にとっては、物事ができるようになる度に親から褒められたり、親が喜ぶ姿を見ることが発育する上で重要だと言われています。

さて、年齢に関わらず、一生涯において「褒められる」ことには意味があります。

私も褒められたら嬉しい気持ちになりますし、やる気が出ます。

その上で大切なのは、当たり前ですが、褒められた実感があることです。

さらに言うと、褒められたことによって喜びや幸せを感じなければ意味がありません。

例えば、普段の生活で当たり前にすべきタスクに始まり、あらゆる行動を褒められ続けて育った子がいるとします。

この子にとっては、褒められることにもはや価値は無く、褒められなかったら不満を感じ、褒められる以上の報酬が無ければ行動できないでしょう。

一方、駄目出しが基本の職人芸においては、親方が何も言わなかったら弟子が褒められたと感動することもあります。

とても極端な例ですし、正しいかどうかはさておき、このように、どれだけ褒めても何も感じない子もいれば、何も言わなくても幸福を感じる子もいます。

これは性格の問題だけではないですよね。

褒める教育とは、「褒める」行為に意味があるのではありません。

褒められた側の「今、褒められた!」という感動に価値があるのです。

先ほどの職人芸の例で言えば、褒めない教育でも相手を褒めることができ、喜ばせ、やる気にさせることができます。

つまり、子供自身が成長を実感し、自らに価値を感じ、幸せであるならば、親が敢えて褒める必要などありません。

かと言って、無理をして褒めることを我慢する必要もありません。

ここまで話をしておいて呆気ない結論ですが、そもそも親は別の人格を演じる必要などないのです。

「褒めないと子供が成長しない」なんてことも、「褒めすぎたらダメになる」なんてことも考えすぎです。

親が凄いと感じたのなら、自分なりの表現で素直に褒めればいいのです。

素直になれないのなら、親方気質だって何も問題ありません。

大丈夫です。

親の本心など、子供はすぐ気付きますから。

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