嫌でもやるんだ

【嫌でもやるんだ】

「子供が行き渋りをしても保育園に行かせてください」

「嫌がっても学校に行かせてください」

こんなアドバイスをする人は、ほとんどいないでしょう。

ですがこれは、耳を貸す価値のある言葉です。

もちろん、深刻な問題を抱えているケースもありますから、事実を把握することは大切です。

しかし学校というのは、端的に言えば「習慣として行くもの」です。

それは、面倒な気持ちがあっても、多少憂鬱な気持ちがあっても、我慢して行くということです。

綺麗事を言えば、誰だって子供が「学校大好き!」と言って、毎日早起きをして身支度をして、ご飯をしっかり食べて自ら進んで登校することを望んでいます。

正直、そんな子は稀です。

大抵の子供は、面倒だけど学校に行っているのです。

社会に出る練習をしているのですから、楽で心地の良いことばかりでないのは当然です。

不快なクラスメイト、怖い先生、興味のない授業もあるかもしれません。

その不安を埋めてくれる真の友人を作ったり、楽しい時間を創作したりするのも、社会性を身につけるということなのです。

私は幼い頃から体操をしていましたが、6歳から25歳までの期間は週6日練習していました。

高校〜大学の間は寮生活だったので、練習のある日は毎日朝練です。

白状しますが、毎朝憂鬱でした。

そのまま寝ていられたら、練習を休めたらどれだけ楽か。

体操は好きですが、どんなに好きでも練習は辛く厳しいです。

しんどいし、面倒です。

面倒だけど習慣だから、決まりだから、仲間と一緒に頑張ったんです。

「休みたいな」と思っても、「休むほどの深刻な理由が無ければ許さない」と言われていたから、気合を入れて練習に行ったんです。

練習が自由参加だったとしたら、絶対休んでいました。

周りの仲間が休んでいたら、きっと私も休んでいました。

不登校問題というのは、センシティブな内容なので非常に発言が難しいのですが、今の教育は不登校を後押ししている部分が多いと感じます。

「しんどくてもやりなさい」というのは時代錯誤で、「しんどかったら無理しなくていい」というのが現代教育です。

ですが、「しんどかったらいいよ」と言われたら、子供は休んでしまいます。

辛い時に、その言葉をかけられていたら、私はきっと大好きな体操をやめていたでしょう。

嫌なことがあって学校を休んだ時も、「辛いなら無理しないで」と言われてたら、きっとそのまま楽な方に逃げていました。

お子様の不登校で悩まれている方がたくさんいらっしゃることを知っています。

中には、深刻な理由で、どうしようもなく、手の施しようのないご家庭もあることを知っています。

それでも我々大人が、子供の不登校を助長している可能性があることを、肝に銘じなければなりません。

学校は習慣です。

「学校に行かない」という選択を敢えてするのでなければ、朝起きるのと同じ、歯を磨くのと同じ習慣なのです。

やらない習慣を作るのは、行かない習慣を作るのは簡単です。

その方が楽なのですから。

子供たちを苦しませたくないと思って、「無理をしなくていいよ」と伝えるのかもしれません。

しかし、やり方を間違えれば、逆に子供を苦しめる可能性もあります。

ですから私は、我が子を苦しませないために、時には「嫌でもやるんだ」と伝えます。

皆さんは、どう考えるでしょうか。

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