道徳教育の心構え

【道徳教育の心構え】
私は、「けんか」は良いことだと思っています。
相手を叩くことが良いことなのではなく、幼い頃にそういった経験を通して相手の痛みを知ることが良いことだという考えです。
口喧嘩も、復讐も同じです。
愚かな行為は、できるだけ早くから経験させ、その愚かさを知らなければならないのです。
大川家でも、長男と次男は、毎日けんかばかりです。
最近長男は、次男を叩こうとする時、私の方をチラリと見ます。
皆様も同様の経験があるかもしれません。
こちらの顔色を伺っているのです。
どうにも怒りが抑えきれず、弟を叩いてしまった時も、こちらをチラリと見ます。
まるで、「仕方ないんだよ、こいつが悪いんだから」と私に訴えているようです。
私は、この状況を悲観しません。
彼の中には、相手を叩くことは良くないことだという認識がちゃんとあるからです。
叩くことへの躊躇、叩いたことによる後悔の感情が彼の中にはあるのが分かりました。
私は大変満足していたので、何も言わず、この行末を見守ろうとも思ったのですが、
この状況で「何も言わない」というのは、「叩いてもいい」という意味に捉えられる心配がありました。
なので、兄に伝えました。
「こっちを見なくていい、叩いた相手を見なさい。パパは痛くない」と。
道徳教育というのは、難しいですよね。
こちらがどれだけ指し示そうとしても、それは押し付けかもしれない。
「叩くのはだめなことだ」と言い切ってしまうのは簡単です。
しかしそれでは、相手を叩きたいほど傷ついた心は、その怒りの感情はどう消化すれば良いのでしょうか。
自分の感情を正確に言葉にして、相手に伝えることができるのはずっと先のことです。
かと言って、「暴力をしても良い」と教えるわけにはいきません。
見守るにしても、やりすぎは止めなければなりません。
難しい教育だからこそ、どんなやり方をするにしても親の『心構え』が必要です。
それは、「必ず分かる日が来る」という子供を信じる心だと、私は思います。


