ありがたくないお手伝いが思いやりを育む

【ありがたくないお手伝いが思いやりを育む】

子供はお手伝いが大好きです。

自分の力を、ママやパパのために役立てたくて仕方ありません。

なんて素晴らしいことでしょう。

しかしながら、子供のお手伝いというのは、手伝わない場合よりも仕事が増えるのです。

「お料理の手伝いをしたい!」と言われたら、「ありがとう。じゃあ卵を割ってもらおうかな」と言います。

そのお手伝いは、子供用の台を準備するところから始まります。

使わなくても済むはずの大きめの容器を目の前に置き、卵を割るのを見守り、手を洗うために台を水道の方へ移動し、混入した殻を取り除き、床に溢れた卵を掃除することになります。

子供のお手伝いによって5倍の時間がかかり、キッチンは8倍汚れるのです。

それでもママはこう言います。

「ありがとう、助かった。卵を割るのが上手になったね」と。

このような子供の行動を、ある教育心理学者は「ありがたくないお手伝い」と表現しました。

では、「ありがたくないお手伝い」をさせることに、意味はあるのでしょうか?

これは先日の「やさしさ」「思いやり」につながってくる話ですが、

トロント大学発達心理学の研究チームによると、『普段から家の手伝いをする子は、思いやりがある子に育つ傾向がある』ことがわかりました。

ですから、手伝ってくれない方が楽であっても、子供にお手伝いをさせることに意味はあるのです。

ここで一つ、大事な条件があります。

それは、子供が自ら「手伝う」と言った時に手伝わせなければならないということです。

つまり、「ちょっと手を貸してくれない?」と親側からお手伝いをさせても、「思いやりを育む」という点ではあまり効果がありません。

「ママー、お手伝いするよ!」→「助かるわ。お願いね」という順序に価値があるのです。

私はこれを見た時に感じました。

子供が自ら進んでお手伝いをしてくれるのは、往々にして”手伝ってくれない方が楽”な時期ではないかと。

”手伝ってくれたら楽”な年頃になると、「お手伝い大好き!」の時期ではなくなっているのです。

親にとっては、何とも難しい課題です。

最後にこれだけは覚えておいてほしいです。

親にとっては「ありがたくないお手伝い」でも、子供にとっては大きな意味があるのです。

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