つまらないは勘違い

【つまらないは勘違い】
以前勤めていた会社で、千羽鶴を折る機会がありました。
一人当たり15枚程度だったと思います。
この作業は業務ではなかったので、皆休憩時間や仕事終わりに鶴を折りました。
早い人は、20〜30分で15羽作り終えてしまうのですが、私は最初の1羽を折るのにおそらく10分ほどかかりました。
「この15羽、自分史上最高のクオリティで折り切ろう」という意味不明なスイッチが入ってしまったからです。
そして、1羽目より2羽目、2羽目より3羽目と、だんだん折るのが上手になっていきます。
紙は複数回折ると、厚みで折った部分が干渉するので、重なる部分は敢えて余白を作って折ることに気づいた時、「そういうことか、次はもっと綺麗にできそうだ」と感じました。
紙を折るためには時間をかけすぎてもいけません。
皮脂や汗の影響を受けて紙が変形します。
折る上で問題がなくても、完成した時のヨレの原因になります。
だから適切な速度で、スッと折っていく必要があることにも気づきました。
折り目をつける時の力加減、爪を使うのか指の腹を使うのかが、見栄えに影響することも学びました。
手の筋肉が折り紙を扱うことにどんどん適応していき、さっきまでとは比べ物にならない速度で、正確に鶴を折っていくことを実感します。
もう時間など関係ありません、無我夢中で鶴を折ることに没頭しました。
15羽作り終えた時、私は達成感に満ち溢れていました。
1羽目から自分史上最高の鶴を折ったはずですが、15羽目の美しさは別格です。
なぜこんなにも、異常なまでの没頭をしてしまうのか。
それはきっと、私の性分なのかもしれません。
やると決めたことは、手を抜くことができないというか、どこまで究極を目指せるかというマインドになってしまうのです。
さて、私が言いたいのは、雑用でも単純作業でも、究極を追い求めると楽しくなるということです。
「そんなのつまらない」「面倒くさい」「億劫だ」と思うのは勘違いです。
目の前の物事を、自分でつまらなくしているのです。
楽しさは自分で見つけるしかありません。
鶴を15枚折るのを、面倒だと捉えてイヤイヤやることもできます。
一方、ワクワクしながら熱中し、成長を楽しむこともできるのです。


