偏見を持たれている

【偏見を持たれている】
僕たちは、他人から見たときに少なからず「偏見」を持たれていることを自覚しなければなりません。
偏見を一切持たず、全ての物事を平等に見れている人というのは稀です。
また、その意見が「偏っている」のか「事実」なのかの境界も曖昧です。
例えば、金髪で体に大きめのアクセサリーをつけている大柄な人と、黒髪で小さめのアクセサリーをつけている小柄な人がいたとします。
どちらの人に道を尋ねますか?というアンケートを取った時、黒髪の人に多く票が集まった方が「自然だ」と思うでしょう。
このように、僕たちは多かれ少なかれ、他人を見た目で判断してしまいます。
大切なのは、このような偏見を持たないこと以上に、自分も他人から偏見を持たれる可能性があることを自覚することです。
もう一つ例を挙げるなら、僕には「先生」という肩書きがあります。
先生らしく振る舞うことも、そのように見られている自覚も必要です。
「こうすべき」という偏見は、一般的にはあまり良いものではありません。
その一方で、立場を意識するということは、とても大切な心掛けなのだと思います。


