無駄なものにこそ意味はある

【無駄なものにこそ意味はある】

現代社会は、効率を重視し過ぎだと思います。

何もかもが早く、目的地まで最速で向かうことが求められています。

「効率がいい」と聞くと、とても良いことに感じますが、そうとも限りません。

無駄なことにこそ、楽しみや苦しみ、感動といった経験が詰まっているのではないでしょうか。

例えば、「効率の良い勉強」ってなんでしょうか。

これは、試験で可能な限り高い点数を取ることを目的とした時の言葉です。

確かに、忘却曲線に沿った復習など、学習内容を効率よく覚えるためのメソッドはあります。

しかし、覚えるべきものを覚えるためだけに無駄なものは覚えないというのは、「なんのために学んでるんだ」と感じます。

ここで言う「無駄」は試験には出ないという意味です。

本来学びとは、知りたいから学ぶのです。

分かることに感動するから、学びに価値があるのではありませんか。

遠回りをするから記憶に残り、深掘りするから忘れなくなります。

気づけば効率的になっていることはあっても、初めから効率よく学ぼうとする必要はないはずです。

しかしながら、現実はそういうわけにはいきません。

綺麗事ではなく、日本は学歴社会です。

試験で点数を取らなければ学歴は手に入りません。

日本の学生たちに、のんびり学んでいる余裕は無いのかもしれません。

東京都では、小学生の6割以上、中学生の7割が塾に通います。

(これでも日本一の割合ではありません)

学校+塾が当たり前。

受験生ともなれば、塾に通わなければ、ほぼ太刀打ちできない状態だと聞きます。

他人事ではありませんが、子供も、親も、本当に大変です。

ほとんど勉強の話になってしまいましたが、様々なことで本質とのズレを感じます。

無駄を楽しむのが人生のはずなのに、無駄なことをしてると不安になるんです。

ジレンマです。

私の好きな本にこんな名言があります。

「効率よく生きるなら、生まれてすぐ死ねばいい。

人はいかに無駄な時間を楽しむのかっているテーマで生きているんだよ。」

そんな生き方が、私の理想です。

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