優しさの手前にあるもの

【優しさの手前にあるもの】

ある犯罪心理学者の方の話です。

暴力事件を起こしたり、最悪相手を殺めてしまうような人は、多くの場合取り調べでこのように言うと。

「気がついたら刺していた」「思わず殴ってしまった」

このように「気がついたら」「思わず」という言葉を使うそうです。

このような人々に足りないのは、「葛藤」することや「気まずさ」を感じる経験なのだと言います。

同時に、「自分の持っている力の恐ろしさ」を知る経験なのだと。

具体的に言うと、幼少期にケンカで相手を傷つけてしまうことや、小さな昆虫などを殺めてしまうことです。

無論、小動物の命を奪う経験が必ずしも必要という意味ではありません。

必要なのは、自分の持っている体が使い方によっては、相手の命を奪うこともできるという恐怖を知ることです。

そして、相手を傷つけてしまった時に、「やりすぎちゃったな」「どうしよう」「大丈夫かな」「怖いな」と葛藤し、次に同じようなことがあった時に躊躇できる心を養うことなのです。

子供は純粋です。

「なんでこんな残酷なことができるの?」と不安に思う時があるかもしれません。

ミミズをちぎったり、カタツムリを剥いたり、花を踏みつけたりします。

その自分の行動の正体を知らないのです。

何をしたのか分かっても、何が深刻な問題なのかわからないのです。

うちの次男も、昨年の夏にバッタの足をもいでいるのを見かけました。

とても真剣な眼差しでした。

行動に対し、「恐怖」や「違和感」が連動していない状態。

彼にあったのは、ただ純粋な興味だったのです。

私は次男に、「これはとても恐ろしいことなんだよ」「お前は命を奪うこともできてしまうんだ」と教育したのを覚えています。

友達同士で遊んでいて、偶然手が相手の目に当たってしまったりすると、非常に気まずい空気になりますよね。

そういう時に、気まずさや、焦り、不安を感じる時間は貴重です。

ケンカをした後、再び相手と歩み寄る時の葛藤も、強い心を養う経験なのです。

大丈夫です。

これらは全部、優しい子に育つための通り道ですから。

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