過去すら変えられる

【過去すら変えられる】

この世で変えられないものは、他人と過去。

一方変えられるのは、自分と未来。

これは、自己啓発系の本などでよく登場する文言で、紛れもない事実です。

その上で私は、「過去は変えられる」という主張をこれまでに何回か聞いたことがあります。

そして、私自身も「過去は変えられる」と実感しています。

話を聞けば、皆さんにも納得していただけると思います。

過去に起きた「事実」というものは変わりません。

しかし、我々の認識する過去は全て、「解釈」によって作られれています。

起きた「事実」を元に、それをどう「解釈」するかによって、「記憶」が作られるのです。

例えば、子供はこんな感情を抱くことがあります。

「自分は親に愛されなかった」という記憶です。

仮に幼少期、叱られてばかりで、我慢を強いられ、時に暴力を受け、ビクビクしながら過ごしたとしましょう。

すると子供は「両親は自分のことなんか嫌いなんだ」と解釈し、その解釈が「自分は幼少期親に愛されなかった」という記憶になります。

思春期の子供の多くは、似たような感情を抱きます。

暴力はともかく、悪いことをして叱られたり、わがままを我慢させられたり、親に逆らえないことは当たり前です。

なぜなら、命をかけて私たちを産み、ご飯を作り、身の回りのあらゆる世話をし、生きるための知識を授けてくれたからです。

その親の言いつけを守り、わがままを我慢することなど、当然なのです。

しかし、子供は未熟ですから、そういう本当の事実に気がつきません。

そんなことは「当たり前」だと思っているのです。

そしてあろうことか、「自分は愛されなかった」という歪んだ記憶すら作り上げます。

そんなわけないでしょう。

私たちは誰一人例外なく、親から愛されています。

両親は多くのことを我慢し、困難を乗り越え、たくさんのお金と時間を私たちのために費やしたのです。

それに気づいた時、過去は180度変わります。

歪んだ解釈をしていたのは、私も同じです。

親のことが嫌いで、怖くて、憎い存在でした。

人間というのは、それほど愚かだということです。

自分にとって不都合な過去や記憶があったとしても、それは、解釈次第で変えられるかもしれません。

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