共感するということ

【共感するということ】

例えば全く勉強をしない生徒がいたとします。

指導者からすれば、何とかしてあげたいと思うでしょう。

そんな時、「何で勉強をしないんだ?」と問いただすのは良い選択ではありません。

まずは「自分がこの子と同じ人生を歩み、この子と同じ心を持っていたら」と考える必要があります。

つまり、自分がこの子と同じ年齢で、同じ家庭に暮らし、同じ仲間に囲まれ、同じ興味や関心を持っていたらと考えるのです。

そうすれば、なぜこの子が勉強を拒絶するのかを想像することが出来ます。

これが相手の立場に立って考える、つまり『共感する』ということです。

生まれながらに勉強が嫌いな子供など存在しません。

ましてや不良、悪人であることなどありえないのです。

子供の行動とは、子供自身が選んでそうする理由があります。

例え本人が「理由は無い」と言ってもです。

さて、だからと言って、勉強しないことを是とするわけではありません。

僕たち指導者は子供に寄り添った上で言葉を選ばなくてはならないということです。

それも単なる同調によるアドバイスではなく、共感による道しるべが必要なのです。

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